松尾章一『関東大震災と戒厳令』

書評 松尾章一『関東大震災と戒厳令』吉川弘文館、2003年
本書は、関東大震災と朝鮮人虐殺を扱って、幾十年にも及ぶ周到な研究を実践してきた著者にしてはじめて作成可能な素晴らしい好著である。私は、研究の駆け出しの時期、1970年代初めに『日本史を学ぶ 4 近代』有斐閣に執筆する機会を得たときに、関東大震災の時期の経済と社会を構造的に学ぶ機会があった。そこで知り得たことは、首都圏衛戌令が発せられたのが、実は軍部の積極的な活動と思っていたところ、東京警視庁警視総監赤池濃、内務大臣水野錬太郎が、朝鮮総督府在勤時代の誼を通じて、軍部に働きかけて、公布させたことを知った。しかもこの首都圏衛戌令が範となって、その後の2・26事件での首都戒厳令を布いたと言うこと、また治安維持法制定の先導であったことを知ったのである。こうした状況が生まれる背景には、一つに、大正デモクラシーの澎湃として生まれた有権者拡大運動と社会運動諸組織に恐れをなした支配勢力が、不安定で短期的に交替を繰り返す政府の下で、とくに震災時期に政権交代が遭遇した権力空白の状況のために、危機感を燃やして、政治の軍部勢力依存姿勢を強めたこともあるという。まさに、本書で松尾氏が指摘しているのは、震災の危機に乗じて、陸軍のみならず海軍も、出動し、しかも朝鮮人騒ぎと称する諸事件に対しても、軍部がその騒ぎを静めるどころか、逆に容認すること、また軍部指導者自らが、右翼勢力と共同して、社会的騒動に荷担していた事実を、軍部資料を活用して、証明していることである。
また興味深いのは、松尾氏が丹念に資料調査を行い、軍部が民衆内部の不安を利用して、時に「朝鮮人騒ぎ」なる噂を活用し、民衆にそのおそれを解くなどして、噂の正当化を図り、さらには民衆と協力して虐殺強行に及んだ事実さえ記録されている。社会的なストレスとしての当時の不況下で、底辺労働市場を巡る両国労働者の競争も、自覚的であれ、無自覚的であれ、見逃せないだろう。この点は、本書では、明解ではないが、アメリカにおける排日運動の経過から見て指摘しておく必要があろうが(拙著『清沢洌―その多元主義と平和思想の形成』Ⅳ)、資料的制約があるのかも知れない。他方で、朝鮮人騒ぎとは一線を画して、日本人と朝鮮人が相互に助け合って、救援活動を行っていた事実も指摘し、ここに軍部や支配勢力、警察権力の動きとは異なった一面も指摘されている。

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